ひっかかりごと。

日常生活で引っかかったことを綴ります。

なんとなく僕たちは大人になるんだ

銀杏BOYZの曲は割と好きだ。童貞臭い女子への永遠の憧れと父性への憎悪、微熱に浮かされたような独特の高揚感は美しくもあり、明け方に見る生々しい悪夢のようでもある。

でも、『なんとなく僕たちは大人になるんだ』のように、大人になることを汚れることだと考えるのは私には馴染まない。子供でも大人でもない宙ぶらりんな感じを称揚するには私は年を取り過ぎているし、大人である今の自分を心地よく思っているからだ。

私は大人になることを「ああやだな やだな」と思ったことは一度もない。むしろ早く大人になりたいと思っていた。

私はもう三十の大波に乗ったわけだが、心はとても穏やかだ。そりゃ、肌だってどんどんハリがなくなってたるんでいくし体も衰えていく一途だけど、年を取れば取るほど色々な「しがらみ」から解放され、どんどん軽くなっていくような気持ちになる。まあ、私が日本よりずっとアバウトな国に住んでいるというのもあるんだろうけれど。

「できないこと」「苦手なこと」「悩み」はどんどん「不要物」に振り分けられ、自分のできること、したいこと、輝いていることだけが手元に残っている。

 

・「悩み」は悩むから「悩み」になるわけで、そのこと自体を考えなければ悩みにならない。

・できないものはしょうがない。できる人にやってもらう。これだけ世界に人間がいるのは、お互いに助け合うためなのだから。

・才能は「神様からのギフト」なのだから、人を妬まない。自分にも何らかの才能はあるのだから。

・できないことで自分を責めてもできるようにはならないから、無理だと諦めることも大切。どんなに頑張ってもライオンがチーターより速く走れないのと同じように。元々向き不向きはある。

・諦めることは逃げることではない。

・その代わり、自分の得意なことを人のためにしてあげる。例えば夫は料理が苦手だから、比較的得意な私が作る。

・人に迷惑をかけてしまうのは生きていれば避けられない。でも、すぐに謝れば案外遺恨は残らないからだいたい大丈夫。

・一回の失敗で「もうだめだ」と決めつけない。長い目で見る。

・人に期待すると裏切られた時に腹が立つから、あまり期待し過ぎない。

 

私が自分を「大人になったな」と思うのは、こういうことを悟った時だ。言葉にしてしまえば何てことないかもしれないけれど、このことに気が付くまでだいぶ時間を費やしたし、たくさん痛い思いもしたし、たくさん人を傷つけてきた。

私は大人になったことで、世界がより美しく見えてきた。世の中には綺麗なものや楽しいこと、気持ちいいことがたくさんあると気が付いた。でも、私は世界に期待し過ぎないようにしている。だから、世界も私に期待し過ぎないでほしい。

三十路を過ぎた今の私の世界には、銀杏BOYZのようなひりつく感受性や反抗心など微塵もない。なぜなら、私は大人になることの引き換えに、青臭い青春をどこかに捨ててきてしまったからだ。時々、使い込んだ体操着の臭いのする若かりし頃の「セイシュン」を懐かしく思うこともあるけど、仏壇の線香の匂いのしみ込んだ「オトナ」はあまりに心地良いから、もはや手放せないのだ。