ひっかかりごと。

日常生活で引っかかったことを綴ります。

「常識なんて誰かが決めたこと」って、ぼのぼのも言ってた

私は子供の頃『ぼのぼの』が好きで毎週アニメをを楽しみにしていたし、マンガも読んでいた。幼かった自分にはよく分からない哲学的で難しいエピソードなんかも時々あったけど、それもひっくるめて心惹かれていた。

アニメのエンディングテーマ「近道したい」の歌詞に「常識なんて誰かが決めたこと」というフレーズがあるんだけど、この歌詞が私の人生にそこそこ大きな影響を与えたんじゃないかなと、今になって思う。

私は現在海外に住んでいるので、「常識」が絶対的なものじゃないことを結構痛感している。日本で常識だったことはこっちではそうじゃないし、その逆も然りなのだ。

常識って知らず知らずのうちに刷り込まれるもので、自分が社会に洗脳(というと大袈裟?)されていることに気が付かない人も少なくないと思う。うちの親は常識は絶対的なものだと思っているので、話していて嚙み合わないこともたまにある。やれやれ。

「常識」を刷り込まれるのは、学校であることが多いんじゃないだろうか。例えば学校給食。「好き嫌いなく何でも食べる」「お残しは許しまへんで!」等、ランチタイムにここまで学校側が介入してくるのは日本くらいらしい。嫌いなものを食べるまで昼休みなし、なんて先生もいる。そりゃあ、何でも食べられるに越したことはないけど、子供の味覚って未発達だし、大人になって好きになる場合もあるんだから、あんまり無理強いするのってどうかなと思う。野菜が一切駄目!とかあまりにも偏食なのは健康にも影響があるから良くないけど、「ホウレンソウがどうしてもダメ」くらいならしょうがないと思う。他にもやたら厳しい校則とか、日本の学校って理不尽なことがあふれていると思う。こういう理不尽な教育を受けてきたから、理不尽を理不尽とも思わない「立派な」社畜が生産されていくんじゃないだろうか…OLT

また、「結婚」や「出産」についても悩んでいる人も多いと思う。結婚していないと「どうして結婚しないの?」と言われたり、既婚でも子供がいないと「子供はまだ?」と聞かれたりすることって多いですよね?私の親戚にも40代で独身の人がいるけど、周りから結婚についてとやかく言われているみたいで可哀そうになる。したくないならしないでいいと思うし、仮に結婚してうまくいかなくても外野はワーワー騒ぎ立てるだけで責任を取ってくれないのだから。(まあ、失敗したら人のせいにできるメリットはあるか笑)

そもそも婚姻制度って、個人のためというよりは家族や国家とかの集団のための制度だと思う。「お嫁に行く」って言葉は女性が貨幣と同じ「モノ」としてホモソーシャルな社会で捉えられていた証拠だし、今だってほとんどの女性が男性側の姓に変更している。

ちょっと脱線したけれど、何が言いたいかというと、結婚する権利もあるなら、しない権利もあると思うのだ。私は一応、自分の意志で結婚した。結婚する方が彼氏と一緒に生きていく上で色々メリットが多いと思ったから。別に、親の期待に応えたかったわけではない。まあ、結果として喜んでくれたらいいけどね。自分の意志で選ぶのは自分の人生に主体性を感じられるので、私は好きだ(その代わり、失敗したら自分の責任だから人のせいにできない辛さはあるけど)。

そして結婚に限らず、社会全体が多様性に寛容であるともっと生きやすいんじゃないかなと思う。たぶん、ぼのぼのもそう思っているはずだ。