ひっかかりごと。

日常生活で引っかかったことを綴ります。

どうして子供のいじめは多いのか?それは子供は不安定な存在だから。

「いじめ」という言葉を聞くと、学校、クラス、部活など子供のいじめを思い浮かべる人が多いと思う。私もそうだ。

大人にだっていじめはあるだろうけど、子供の方がいじめは多そうだ。(きちんとした統計とかソースに当たっていないから、印象で語っているだけなのだけど。)

どうして子供は人をいじめるのか。

それは、自分という存在がとっても不安定だからだと思う。

子供なんて、ついさっきまでお母さんのお腹にいた訳だし、自分で何かを成し遂げてきたわけでもない。(強いて言えば、この世に生まれてきたことくらいだ。)

だから、周りの人間に無条件で存在を認められなければ、自分に自信など持てるはずもない。

 

私はいじめられたことだけでなく、いじめてしまったこともある。

(8歳位の話だけど、今ではなんて愚かなガキだったんだろうと思っている。)

私がいじめをしてしまった理由は、「人を貶めると、何だか自分の存在が大きく感じられるから」というものだったと思う。

私は特に何か秀でたところのある子供でもなかったので、そのことをプレッシャーに感じていたのだ。別に親が教育熱心だったわけでもないけど、勝手にそう思い込んでいた。

そして、その不安や焦燥感を拭うために、愚かにも自分よりも大人しい子をいじめていた。

 

いじめをさせない子に育てるためには、周囲の大人が子供の不安に気づいてあげるべきなのだと思う。

私は何の取り柄もない自分に価値を見いだせず悩んでいたのだけど、「どんな人でも、生きていていいんだよ」という無条件の全肯定が欲しかったのだと思う。

 

高校生くらいになると、私は自分を自分で認めてあげられるようになった。成績が良くなったので周りの自分を見る目が変わり、承認欲求が満たされたのだ。

 

大人になった今は自分と折り合いをつけ、自分の精神を平らかに保つことができるようになった。もう、他人を貶めて自分の優位性を感じる必要もない。

 

大人になってもいじめをしてしまう人は、未だに自分を自分で認めてあげられない不安定な精神の人たちなのだと思う。それってとってもお気の毒だ。

気持ちが満たされていれば、他者をマウンティングして自分の優位性を誇示する必要なんてないから。

大人のいじめはこどものそれよりも複雑で、一見いじめに見えないこともあるようだ。お互い牽制し合ったり、自慢しあったり、表では仲良くしても裏では悪口を言い合ったりと、結構泥沼らしい(知人談)。

でもさ、そういうのってもう、子供の時に卒業しましょうよ。

人と比べるから不幸になるわけで、自分の価値を自分で信じてあげるだけで十分じゃないの?

他人をマウンティングし続けても、永遠に幸せになんかなれないのだから。