ひっかかりごと。

日常生活で引っかかったことを綴ります。

可笑しさと切なさと優しさ。河瀬直美の『あん』

またまた映画の感想。

忘れないように、自分用のメモも兼ねて。

ちょっと時間があったので、河瀨直美監督の『あん』をパリの映画館で観てきた。

(フランス語の題はdélice de Tokyoだった。「あん」じゃ、フランス人には何の事か分からないだろうからね。)

平日だったけれど意外と人が多く、ちょっとびっくり。ほとんどフランス人だ。カンヌ映画祭で「ある視点部門」に出品された話題作だったからかも。

決して派手じゃないけれど、こじんまりとした美しい映画だと思った。

春の風にゆったり揺れる桜の花や初夏の葉桜、そして秋の鮮やかな落ち葉がとても綺麗だった。

樹木希林演じるトクエさんと、小さなどら焼き屋の店主(永瀬正敏)が主な登場人物。(以下、思い切りネタバレがあります。)

 

トクエさんはある春の日、唐突にどら焼き屋の前に現れる。

いきなり「ここで働かせてください」とお願いする彼女は、どこかフワフワした不思議な空気をまとっている。

彼女は店主に断られてもめげず、もう一度店にやって来る。

結局、トクエさんの作る美味しいあんに魅せられて、店主は彼女を雇うことに決めたのだった。

彼女のあんは飛びきり美味しく、店はかつてないほど繁盛する。

しかし、彼女が以前ハンセン病を患っていたことが噂で広まり、迷惑をかけまいとしてトクエさんは店を去ってしまった・・・というのが大まかな粗筋です。

 

とりわけ、トクエさんのキャラクターが非常に魅力的だった。

飄々としていて底抜けに明るく、木やあずき豆と会話する不思議なおばあちゃん。

作品の前半では、笑いを誘う場面が多かった。

だけど、トクエさんの悲しい事情を知ると、ふいに彼女の明るさや天真爛漫さが切なさを帯びてくる。

「この桜、誰が植えたの?」

店の前の桜並木についてトクエさんは店主に尋ねるのだけど、妙にこのセリフが印象的だった。だって、街の中にある木なんて普通、誰が植えたかなんて考えないもの。

「何言ってるんだろ。このおばあちゃん」と思っていたが、このセリフがラストで効いてくるのだ。

トクエさんはハンセン病患者の隔離が義務付けられていた時代の名残の集落(?)で暮らしている。その集落にはお墓がなく、死んだ者を追悼するために木が植えられる。

娑婆で暮らしている我々にとって、街の木はただの木でしかない。だけど彼女にとったら、人の手で植えられた木は「墓標」を意味するのだ。嬉しそうにニコニコ笑いながら桜の花を眺める彼女は、かつてこの世に生きていた者たちの存在を感じていたのかもしれない。

 

社会から弾かれたはみだし者に注がれる作者の視線は、とても優しい。

ハンセン病患者として集落の垣根の中に閉じ込められていたトクエさんと、一度刑務所暮らしを経験していたどら焼き屋の店主。

アウトサイダーの辛さや悲しさが、ひしひしと伝わってくる。

世間は冷たく、時に残酷だ。

それでも人を恨まず、自然や人を愛してきたトクエさんの生き方は美しいと思う。

人は見るため、聞くため、感じるために生まれてきたのだから、自分に何もなくても十分生きる価値はある。

彼女は何も持たない、持つことのできない(自分の子供さえも!)人生だったけれど、ちっとも不幸なんかじゃなかった。

風の音を聴いたり、きれいな花を眺めたり、美味しいあんを作ったり、それだけで十分幸せだったのだ。

ささやかなことの中にも幸せを見出す彼女のように、私もなりたいと思った。

幸せになるために必要なのは他でもなく、幸せを見つける感受性なのかもしれない。

 

東京の美しい四季の移り変わりの中で描かれる優しくて甘じょっぱい物語は、きっとパリジャンたちも虜にしたはずだ。