ひっかかりごと。

日常生活で引っかかったことを綴ります。

子供時代に一緒に遊んだ叔父さんの思い出。ルヴァロワまでの道中で考えたこと。

昨日友達の家でパーティーがあったので、一時間ほど電車に乗った。私は電車に乗ると、あえて本を読んだり音楽を聴いたりしないで、ゆっくり考えることが多い。電車の中くらい、空白の時間を過ごしたいという理由もある。

今日の夕飯何にしよう、とか帰ったらあれしようとか大したことは考えないのだけど、ふとした瞬間に昔の思い出が蘇ってくることもある。昨日は、なぜだかわからないけど叔父のことを思い出した。

叔父は私が子供の頃、月に一回ふらっと我が家にやってきて、一日中遊んでくれた。公園でテニスをしたり、川に釣りに行ったり、ボートに乗ったり、庭で虫を探したりと、子供が大好きな遊びには全部つきあってくれた。

叔父はなんとなく、他の大人とまとっている空気が違うように感じた。彼は、誰よりも子供に近い大人だったのだ。だから私と兄は、叔父のことを親戚のおじさんというよりも、ちょっと年上のお兄さんのように接していた。

叔父は他の大人のように「遊んであげている」という感じではなく、文字通り私たちと「一緒に遊んでいる」のだ。だから、叔父さん自身も私たちといるときはとても楽しそうだった。

叔父さんは生き物が大好きで、虫や動物について色々なことを教えてもらった。私はそんな叔父さんの純粋なところが好きだった。今でも、好きなことに夢中になっている男の人が好きだ。目がキラキラしていて可愛い(ちなみに私の夫も、趣味のガジェットのこととなると、やたら楽しそうになる。私はその姿を微笑ましく眺めています)。

そんな素敵な叔父さんだったけれど、若くして他界してしまった。だから今は会うことができない。夏の夕方、叔父と水辺の公園を散歩したとき、かげろうの大群が飛んでいるのを見たことがある。淡く繊細な姿のかげろうの命は、とても儚い。私は叔父のことを思い出すと、きまってあの日のかげろうの群れを思い出す。

好奇心旺盛だった叔父さんはきっと、色んなことを知って新しいことを発見するのが大好きだったのだろう。私も叔父さんのように、ワクワクすることを見つけてキラキラ目を輝かせたいな。生きている限り、いつまでも子供みたいに何かに夢中になりたい。

そんなことを思った日でした。

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Levallois(ルヴァロワ)というパリ郊外の町に行きました。小奇麗でなかなか良い町でした。市庁舎がやたら豪華!ぱっと見たら中にシャンデリアが…お城かっ!