ひっかかりごと。

日常生活で引っかかったことを綴ります。

美味しいものを食べれば、美味しい料理が作れる。

タイトルは私の人生哲学です。

うちの家庭はそれほど裕福でもなかったけど、食に関してはそこそこお金をかけていた。それに、母親は料理教室に通っていたこともあり、かなり料理上手だった。だから、私は小さい頃から割と美味しいものを食べて育ってきた。

家庭を持って自分が毎日料理するようになってから、この母の食育がとても役立っていることを実感している(今改めて感謝したい気分だ)。なぜなら、料理を作るという行為は、自分の中の「食」に関する抽斗を色々開けてみることから始まるからだ。例えば、美味しい肉じゃがを食べたことがあれば、自分でも美味しい肉じゃがを作れるといったように、記憶の中にある情報が豊かであればあるほど、うまいもんが作れると思う。

そういえば、私は学生時代にある国にホームステイしたことがあるけれど、そこで出された料理が料理と呼べるものでなかった(茹でたスパゲティにケチャップをかけただけ、というワイルド過ぎるランチだった)。その家の子供たちも美味しそうに食べていたけれど、私は何だか哀れに思ってしまった。「食のボキャブラリー」が貧困なまま、彼女たちは大人になってしまうのだろう。そして、自分の子供たちにも将来同じような単調な味の料理を作るのかもしれない。

私がホームステイした国に限らず、日本でも美味しい家庭料理の味を知らない子が少なからずいるらしい。それは本当に残念なことだ。せっかく人間に生まれたのなら、お腹を満たすだけでない、食の喜びを知ってほしいと思う。それに、悪食は次の世代にも伝わってしまうだろうからね。

 

 

余談だけど、アジア人って世界的に見て料理が上手な方だと思う。私が昔住んでいたフランスの寮ではキッチンが共同だったんだけど、日本人、中国人、韓国人の料理は手が込んでいて特別美味しそうだった(一方、欧米系の人は肉焼くだけ~みたいな人が多かったなあ)。アジア人は、それだけ食にこだわる人が多いのかも。