ひっかかりごと。

日常生活で引っかかったことを綴ります。

今を生きる。

高校の時、倫理の先生がとても変わった人だった。「具体的なことが覚えられません」と生徒の名前を最後まで一人も覚えることがなかったり、「もし軟禁されても考えることがたくさんあるから苦痛じゃないです」とか「子供の時の夢はホームレスになることでした」等とトリッキーなことを平然と言ったり、とにかく私が今まで出会ってきたどんな先生よりも奇妙奇天烈な人物だった。

先生の話はいつも刺激的で面白かったので、私は密かに倫理の時間を楽しみにしていた。中でも特に印象的だったのは、煙草にまつわる話だ。

先生は極度のヘビースモーカーで、いつも体中からヤニ臭さが立ち上っていた。そんな先生が煙草を止めない理由は、「死と向き合いたいから」というものらしい。体に害を及ぼす煙草を吸うことで、日常的に「死」を意識したいそうだ。

私自身は大人になった今でも煙草が好きじゃないけれど、先生のその理由には妙に納得した。そうだ、常に死は私たちのすぐそばにあるのだ。特に健康で若い人はそのことを忘れがちだけど、死はいつやってくるかわからない。

だからそのことを悲観するよりも、その日その日を大切に生きることが大切なのだと思った。「良い死に方を考えることは、よく生きることと表裏一体なのだ」みたいな名言をどこかで聞いたことがあるけれど(確かレオナルド・ダヴィンチだったかな?)、確かにその通りだ。

未来のことで悩むよりも、今現在を充実させることができれば、自ずと未来も開けてくるのだ。

とはいっても、毎日悔いなく過ごすことは難しいと実感している。でも、頭の片隅にこの考え方があるかないかでは、やっぱり違ってくるんじゃないかな。

先生にとって煙草は「死」を思い出させる装置みたいなものだったのだろう。私にとっての装置は、過ぎ去った過去の写った写真である。今はもういない人のことを考えて、自分の残りの命の重みを改めて実感する。

そんなことを考えていたら、大好きな映画『今を生きる』をふと思い出した。素敵なキーティング先生を演じたロビン・ウィリアムズもまた、昨年この世を去った。今こそまたこの映画を見て、先生に大切なことを改めて教えてもらいたい気分だ。