ひっかかりごと。

日常生活で引っかかったことを綴ります。

うたかたの美の残酷さと、写真の永遠性。モンパルナスのキキ

私自身が平凡で平和主義な女だからか、とんでもなく激しい生き方をする女たちに惹かれてしまう。

例えば、ロダンの弟子にして愛人だったカミーユ・クローデルだとか、『愛のコリーダ』で有名な阿部定だとか、天才だけど暴力的で破天荒な生き方をするジャズ奏者の夫と連れ添い、彼亡き後に自身も後を追うように首を吊った鈴木いずみだとか。

 

そんな、私の「波乱に富んだ人生を送った女」のリストに、新たに「モンパルナスのキキ」が加わった。昨日、"Kiki de Montparnasse"というフランスの漫画を読み終えたのだ(バンドデシネというよりは、白黒だし漫画って感じの本。ちなみに私はフランス語の本は漫画かレシピ本しか読まない、というか読めない)。

彼女は割と複雑な幼少期を過ごし(私生児として生まれ、実の親でなく祖母に育てられた)、12歳になると奉公に出され、奉公先と揉めて飛出し、それから男たちを頼って娼婦まがいのことをして糊口をしのぎ、そしていつしか芸術家たちのモデルとなり、アメリカ人写真家マン・レイの恋人となる。

私は割とマン・レイの作品が好きで、数年前に六本木の国立新美術館で開催された「マン・レイ展」にも行ったことがあるから、彼の恋人である「キキ」の名は聞いたことがあった。

 キキがモデルを務めた写真は、浮世離れした神秘的な美しさがあって大好きだ。

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彼女は美人なだけでなく、言葉にできない魅力があると思う。

 だけど、そんなキキも最期はあまりに悲惨だ。晩年は不摂生がたたり水腫に悩まされ、かつての美しさは見る影もなくなってしまう。そして、たった52歳で独りひっそりと亡くなるのだ。

欲望の赴くまま奔放に生きるのは恰好良く見えるけれど、それが許されるのも若いうちだけなのかな。ある程度年を重ねてからは、平穏な日々を送る方がいいなあと思った。

ラストシーンの、かつての恋人マン・レイが彼女の死を知り、若き日のキキの写真に囲まれながら俯いて顔を覆うシーンは心に沁みた。 美は儚いものであるということと、移ろいゆく時の残酷さがまざまざと迫り、胸が苦しくなった。 そして、キキ自身がこの世を去っても、写真には彼女の一瞬の美が残されていることの不思議を感じた。写真は愛情に似ているのかもしれない。

 

 

 

そういえば、キキの本名はアリス・プラン(Alice Prin)で、映画『アメリ』のヒロインのアメリ・プーラン(Amélie Poulain)の名前にちょっと似ている。しかも両者ともモンマルトルに関係がある。きっと、キキはアメリのモデルなんじゃないかな、と思ったり。ショートカットの髪型も似ているし。