ひっかかりごと。

日常生活で引っかかったことを綴ります。

パリの中心で自由を叫ぶ―シャルリー・エブド事件の余波

今回パリやその郊外で起きた一連の事件について、とりあえず決着がついたようです。とはいえ、そのために4名もの人質が亡くなるという大きな犠牲を伴った訳ですが。それに、今回のテロ関係者がまだ潜んでいる可能性もあるので、油断はできません。

そして日曜日、パリでデモが行われるようです(公共交通にも大きな影響を与えるので、個人的にはあまり歓迎できないのですが)。言論の自由を主張する人々は、「私はシャルリー」というスローガンを掲げています。

私はそんなデモ隊に一歩距離を置いてしまいます。言論の自由は大切だと思いますが、個人的にはシャルリー・エブドの笑いのセンスにはクスリとできないし、フランスでぞんざいに扱われているイスラム系移民のことを思うと、声高に自分たちの自由を叫ぶことが空しくなってしまうのです。

フランスでは、移民はフランスに同化することが求められます。サルコジ政権下で成立したブルカ禁止法も、その一例でしょう。

フランスのこういった同化思想は最近始まったことではなく、19世紀~20世紀半ばに活躍した詩人・評論家のポール・ヴァレリーも、植民地政策を正当化するために似たようなことを主張していたように記憶しています。

私も、フランスに住む以上はフランス語を話し、フランスのルールを守って生活するべきだとは思います。フランス国民ではないので、多少肩身の狭い思いをすることは避けられません。

でも何というか、彼らは抑圧され過ぎていたのかな、とも思います。そして今回の事件により、さらにイスラム系移民へのフランス人の目は厳しくなることでしょう。自分たちの「誇り」を守るための「戦い」は、結果として同胞の名誉を傷つけることになってしまったとは、何とも皮肉です。