ひっかかりごと。

日常生活で引っかかったことを綴ります。

「言論の自由」とは?落語で世界が平和になるかも。

私はフランスに住んでいるので、パリで起きた「シャーリー・ヘブド」の事件やモンルージュの事件を知り、身に迫った恐怖を抱いている。自分自身は大丈夫でも、もしかしたら家族や知り合いが事件に巻き込まれたらどうしよう、とたまらなく不安になる(とりあえず、来週パリに行く夫の予定を延期してもらおうと考えている)。

 

そして、「シャーリー・ヘブド」事件の発端となった例の風刺画について考えてしまう。一体、言論の自由とは何なのだろう、と。

オランド大統領は、言論の自由が脅かされたと述べていた。確かに、自由に発言したり表現したりすることは大切だ。だけど私は、表現によって他人を貶めるのはどうかと思う。何かを批判するときは主観的な感情を交えるのではなく、冷静かつ客観的にすべきではないだろうか。主観が入ってしまうと、批判の対象の神経を逆撫でしてしまうと思うからだ。

その点、風刺画というのは作者の主観がかなり入り込む。それがこの週刊誌の魅力だったのかもしれないが、それが命取りにもなったのだろう。

 

ユーモアというものは意外と難しい。私としては、ちっぽけなネズミがゾウに噛みつく笑いは嫌いじゃない。だけど、強大なゾウが無力なネズミを踏みつぶす笑いは嫌いだ。これじゃただの弱い者いじめだ。だけど、こういった笑いは身の回りに結構ある。

 

今こそ、世界規模にユーモアを見直すべきなんじゃないかな?

テキストには、日本の落語がいいかもしれない。落語の笑いは、立川談志師匠もおっしゃっていたように「人間の業の肯定」がある。どんなどうしようもないヤツでも、「生きていていいんだ」と言ってくれるような優しさがある。

 

もしかしたら、落語の笑いが全世界に広まれば、今よりもっと平和になるかもしれない。全人類くまさん・はっつあん化計画なんて、とっても素敵じゃないでしょうか?