ひっかかりごと。

日常生活で引っかかったことを綴ります。

母なるものから引き離されて

私自身、生まれ育った家庭を出て結婚し、新たな家庭を築きました。私は両親(特に母親)の元から離れることを望んでいたのです。とはいえ、それは何もうちの親が悪かったからではありません。感情表現が下手なところのある人でしたが、至ってごく普通の良き母でした。

最近は(今に始まった話ではない気もしますが)、親と仲良し過ぎて彼氏はおろか、結婚する気も起きないという女性が少なくないみたいです(ドラマきょうは会社休みます。』の主人公もそのタイプらしいですね。私の友人にも、このタイプの子はいます。本人はとても幸せそうですが)。

私が親元を離れることを望んだのは、母との間に「違和感」を感じたからです。私の母は基本的に正義感の強い善人なのですが、ある種の押し付けがましさがありました。

「こうでないと」という部分が強すぎて、それが時々私にとって重荷でした。例えば、私は子供の頃大人しくシャイな性格だったのですが、母は「元気で明るくなきゃ」と彼女の理想を私によく諭してきました。母親の期待に沿えない自分に、不甲斐なさと悲しみを抱いたものです。

そういった些細な悲しみの積み重ねが、私の自立を促したのでしょう。

また、私は温かい人肌の感触を求めていました。ある程度成長すると、家族のスキンシップはなくなっていくものです。しかし私は、大人になってからも人肌の温もりに飢えていました。

そんな飢餓感を満たすため、私はボーイフレンドをつくりました。この満ち足りない気持ちがなければ、もしかしたら私は家庭の外へ飛び出すことがなかったかもしれません。

母なるものは、心地が良いのですから。

新世紀エヴァンゲリオンのシンジ君もまた、母なる初号機に包まれると、不思議な居心地の良さを感じています。

この母なるものは私たちを安堵させ、温めてくれます。母なるものがなければ、子供たちはその代りを探します。

実の母に存在を拒まれた風と木の詩のジルベールは、古ぼけた毛布に母を求め、それから男たちとの気狂いじみたセックスに溺れていきます。

母なるものが私たちの心を創り、そして自立へと促すのです。不思議な安堵感をもたらすエヴァ初号機であっても、シンジはいつしかそれを拒むようになるのです。

私たちは、母なるものを一度否定しなければ大人になれない。

母なるものを「他者」として捉え、自分の自我を目覚めさせなければならない。

「母なるもの」の幻想に苦しめられたジルベールは永遠の少年として生を終え、他者と自分の境界線をはっきり定めたいと思ったシンジは、悪夢から覚醒する。

ぬるま湯のような心地よさを振り切って自分自身の人生を生きている今、私は幸せです。

(竹宮惠子さんの名作少女漫画『風と木の詩』。繊細で美しく、妖しく、無垢なジルベールが魅力的です。私は健康的でまっすぐなセルジュも好きです。)

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