ひっかかりごと。

日常生活で引っかかったことを綴ります。

『嫌われる勇気』を読んで思い出したこと。木蓮と生きる意味について。

先日、キンドル版で読みました。これまで自分なりに考えてきたことを、理論立てて解説してくれた感じでした。

トラウマを否定する、目的論は目からウロコでした。自分を偽らない真っ直ぐな姿勢は、とても素敵だなと思います。

他にも色々良いなと思った点はあるのですが、全て挙げていくのも何なので、ここでは私自身が考えたことと合わせて述べていきたいと思います。

本書の終盤で「一般的な人生の意味はなく、自分自身が人生の意味を与えるのだ」という件がありましたが、私は本書を読む前に、既に自分自身でこの結論に辿り着きました。

私の家族の一人が「自分には生きる意味がない」と自暴自棄になっていたことがあったのですが、私は何としても「そんなことはない」と説得したいと考えていました。

彼はその頃、社会と折り合いをつけることができず、自分に自信を持てなくなっていたのです。

私は彼のためにあれこれ考えましたが、ある時ふと、美しい木蓮の花を見た時に閃きがやって来たのです。

あの木蓮の花は、とても綺麗だ。でも、木蓮は私を感動させるために咲いたのではない。自分自身のために咲いたに過ぎない。結果として私を喜ばせているだけなのだ

そう思った瞬間、私は何だか泣きそうになりました。

彼は他人に評価されず、自分の価値を見出せなくて苦しんでいた訳ですが、木蓮は他人の評価など気にせず、自分の使命をまっとうするためだけに生きています。それの何が悪いというのでしょう?

自分の生きる意味は他人に与えられるものではなく、自分自身でつくるものだと悟りました。

ちなみに、私はまだ彼にこの話をしていません。自信を取り戻し人生をエンジョイしている彼は、既に自らの手で人生の意味を築いているようなので。

 


Amazon.co.jp: 嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え: 岸見 一郎, 古賀 史健: 本